2025/12/11

[Column]🧢 Baseball Freak Feature Part 2:
Who Gets the Call? — The Science of "Legends"  / 🧢 Baseball Freak特集 第2部:誰が殿堂に選ばれているのか?—「伝説」を科学する

🧢 Baseball Freak特集 第2部:
誰が殿堂に選ばれているのか?—「伝説」を科学する

ニューヨーク州オチゴ郡クーパーズタウン、メインストリート25番地。

この住所を聞いて、胸の奥が熱くなるようなら、あなたもまた立派な「Baseball Freak」の一人だろう。そう、ここは1939/06/12に開館したアメリカ野球殿堂博物館(National Baseball Hall of Fame and Museum)の所在地だ。かつてアブナー・ダブルデイが野球を考案した地という(後に否定されたとはいえ)ロマンチックな伝説に基づいて選ばれたこの場所は、いまや世界中の野球人にとっての聖地エルサレムとなっている。

連載第2話となる今回は、このレンガ造りの建物の奥深くに眠る「選考」という名の聖域に足を踏み入れたいと思う。前回、我々はこの博物館の空気を吸い、その歴史の重みに触れた。だが、そこには常に一つの残酷かつ根源的な問いが横たわっている。「一体、誰が、そしてなぜ殿堂に選ばれるのか?」と。

殿堂入りとは、野球という文化が自らの「伝説」を定義し、後世に語り継ぐための儀式だ。そのプロセスは、国民的な議論を巻き起こし、時に熱狂と、そして痛烈な論争を生む。私は今回、この深遠な問いに答えるべく、公式な選考基準の歴史的変遷を紐解き、さらに近年この伝統的な議論に一石を投じているデータ分析、特に「殿堂入りを予測する統計モデル」という新たな視点から、その謎に深く切り込んでみたい。

もしかすると、長年「神聖な領域」とされてきた伝説の選考は、我々が考えるよりもずっと冷徹な「確率」の問題なのかもしれない。伝説は、もはや単なる主観的な物語や印象論だけで語られる時代ではないのだ。さあ、私と共に、数字と科学、そして情熱の力でクーパーズタウンへの道を解き明かす旅に出ようではないか。

針の穴を通す栄誉:1%未満の「選ばれし者」たち

まず、我々が直視しなければならないのは、アメリカ野球殿堂がいかに絶望的なまでに狭き門であるかという事実だ。その希少性こそが、殿堂の権威と価値を絶対的なものにしている。

2025年現在、殿堂入りを果たした総数はわずか351人。この数字には、選手だけでなく、監督、審判、そして野球の発展に大きく貢献した人物(パイオニアや球団経営者など)も含まれている。一方で、メジャーリーグベースボール(MLB)の長い歴史において、これまでグラウンドに立った総選手数は22,238人にも及ぶ。

電卓を叩いてみてほしい。単純計算でも、殿堂入りした選手は歴史上の全メジャーリーガーの上位1%にも満たないのだ。彼らは文字通り、数多の挑戦者の中から選び抜かれた「選ばれし者」なのである。

この351人という数字は、野球史という広大な銀河から選び抜かれた星々で構成される、輝かしい「小宇宙」だ。その中心には、1936年に初めて選出された5人の「The First Five」が鎮座している。

  • タイ・カッブ(得票率98.23%)
  • ベーブ・ルース(得票率95.13%)
  • ホーナス・ワグナー(得票率95.13%)
  • クリスティ・マシューソン(得票率90.71%)
  • ウォルター・ジョンソン(得票率83.63%)

彼らの名前を見るだけで、モノクロームの映像が脳裏に浮かばないだろうか。カッブの鋭いスライディング、ルースの豪快なスイング、ジョンソンの唸りを上げる速球。彼らの存在が、この小宇宙の核を形成し、後続の世代の絶対的な目標となってきた。これほどまでに厳格な基準で選ばれる栄誉。では、その選考は一体どのようなプロセスを経て行われるのだろうか。それは、まるで時を刻むごとに調整される精密な振り子時計のように、時代とともにその姿を変えてきた。

伝説への関門:BBWAAと変遷する「審判」たち

殿堂入り選考は、単なる人気投票ではない。客観的な成績評価と、記者の主観、そして時代の空気が複雑に絡み合う、極めて厳格なフィルターである。最も一般的かつ権威あるルートは、全米野球記者協会(BBWAA)による投票だ。

その資格を得るだけでも至難の業だ。MLBで10年以上プレーし、現役引退後5年以上が経過していること。この条件を満たした候補者に対し、BBWAAに10年以上在籍する経験豊富な記者たちが投票を行う。記者は最大10名まで名前を書くことができ、その得票率が75%に達した選手だけが、栄光の扉を開くことができる。

逆に、得票率が5%未満だった場合、その選手は無慈悲にも翌年以降の候補者リストから即座に削除される。わずか数パーセントの差が、歴史に残るか、忘れ去られるかを分けるのだ。

この「審判」のルールも、時代に合わせて微調整が繰り返されてきたことをご存知だろうか。かつて、BBWAAの投票で75%に届かなかった候補者は、最大15回まで挑戦の機会が与えられていた。しかし、2014年に大きな規定変更があり、その上限は10回までに短縮された。これにより、当落線上の選手たちは、より短い期間で自身の価値を証明し、記者たちの評価を勝ち取らなければならなくなったのだ。

「裏口」か「救済」か:ベテランズ委員会の功罪

BBWAAの投票で漏れたからといって、伝説への道が完全に閉ざされるわけではない。そこで登場するのが、通称「ベテランズ委員会(時代委員会)」だ。彼らの目的は、記者投票では惜しくも選出されなかった名選手や、監督、審判、発展貢献者などを再評価し、救済することにある。歴史の中に埋もれた偉大な功績に再び光を当てる、いわば敗者復活の神様だ。

しかし、この委員会はその構成や選考プロセス自体が、「誰が歴史を定義するのか」という終わりのない議論の的になってきた。

特に1970年代の混乱は、今も語り草だ。1970年から1976年にかけて、かつての名選手フランキー・フリッシュとビル・テリーが委員会内で強大な影響力を持った時期があった。彼らは、かつてのチームメイトであるニューヨーク・ジャイアンツやセントルイス・カージナルスの選手たちを次々と殿堂入りさせたのだ。「あいつはいい奴だった」「俺と一緒にプレーした仲間だ」――そんな身内びいきとも取れる選出が相次ぎ、8人もの選手が「早急に殿堂入りさせる必要のない選手」として世間から強い批判を浴びた。

この「クローニーイズム(縁故主義)」への反省から、委員会は何度も改組された。2000年代初頭には逆に選考が厳格化しすぎ、2003年、2005年、2007年と3回連続で選出者ゼロという異常事態に陥ったこともある。「ベテランズ委員会はもう機能しないのか?」そんな悲観論が漂ったが、2007年末に選考基準が見直され、再び歴史の修正機能を取り戻した。

また、忘れてはならないのがニグロリーグ特別委員会の存在だ。人種差別の壁に阻まれ、MLBでプレーする機会を奪われた偉大な選手たち。1971年と2006年に設置されたこの特別委員会は、サッチェル・ペイジやジョシュ・ギブソンといった伝説たちを正当に評価し、野球史の「失われたページ」を復元する重要な役割を果たした。これは単なる顕彰ではなく、歴史に対する贖罪と公正さの追求であったと言えるだろう。

2025年の衝撃:イチローと「ボーダーレス」な伝説

時計の針を現在、2025年に進めよう。近年の殿堂入り選考は、「国際化」と「統計革命」という二つの大波によって、かつてない変革期を迎えている。

その象徴的な出来事が、2025/07/27、クーパーズタウンで起きた。イチロー(鈴木一朗)の殿堂入りである。

  • 日本人初の殿堂入り
  • 得票率99.75%(満票選出のマリアノ・リベラに次ぐ歴史的数字)
  • MLB通算3089安打、10年連続200安打、10年連続ゴールドグラブ賞

日本人初の殿堂入りという事実以上に、我々Freakを震わせたのはその圧倒的な支持率だった。400票近い投票の中で、彼に「No」を突きつけたのはごくわずか。これは「ほぼ全会一致」と呼んで差し支えない。

彼の成し遂げた数字の凄まじさは言うまでもないが、それ以上に、日本で9年間プレーした後に海を渡り、異国の地でこれだけの足跡を残したという「物語」が、頑固な記者たちの心を動かしたのだ。イチローと共に2025年クラスとして殿堂入りしたCC・サバシア(251勝、3093奪三振)ビリー・ワグナー(422セーブ)といった猛者たちと並んでも、その輝きは別格だった。

また、イチローの殿堂入りは、野球殿堂博物館で開催された特別展「Yakyu | Baseball」ともリンクしている。日米の野球交流の歴史を祝うこの展示は、野球がもはやアメリカだけのものではなく、太平洋を挟んだ共通言語であることを高らかに宣言していた。かつてロベルト・クレメンテがラテン系選手の扉を開いたように、イチローはアジア、そして世界への扉を完全にこじ開けたのだ。

統計の魔法:ビル・ジェームズからスプリンガーへ

「物語」が記者を酔わせる一方で、冷徹な「数字」もまた、殿堂の門番としてその存在感を増している。セイバーメトリクスの始祖ビル・ジェームズが提唱した「殿堂モニターテスト」などの指標は、かつて主観に頼りがちだった選考に革命をもたらした。

「打率は低いが、出塁率と長打率は傑出している」「勝利数は少ないが、支配的な投球回と防御率を誇る」。こうした、かつては見過ごされていた価値観が、現代の記者たちには標準装備されている。2024年に選出されたエイドリアン・ベルトレ(得票率95.06%)や、かつてのグレッグ・マダックス(97.19%)ランディ・ジョンソン(97.27%)といった選手たちが、圧倒的な得票率で迎えられたのも、彼らの積み上げた数字がセイバーメトリクスの観点からも「文句なし」だったからに他ならない。

そして今、この統計的アプローチはさらなる進化を遂げている。アーロン・スプリンガーが発表した研究論文「A Predictive Model of Whether a Major League Baseball Player Will be Inducted into the Hall of Fame」をご存知だろうか。これは、殿堂入り選考を「予測可能な科学」として定義しようとする野心的な試みだ。

この研究では、1957年以降(人種統合が進み、サイ・ヤング賞などが整備された現代野球の始点)にプレーした選手を対象に、殿堂入り選手とそうでない選手を分類するモデルを構築した。使用されたのは、当初99個あった変数から厳選された35個の指標だ。

その結果は、我々野球ファンの直感を裏付けると同時に、背筋が凍るほどの精度を示した。

  • 4つの機械学習モデルを組み合わせた最終アンサンブルモデルは、予測精度を示すAUCで0.9817を記録。
  • 未知のテストデータに対する予測では、46人中43人の当落を的中させた。的中率は実に93.5%

これは何を意味するのか? つまり、我々がああでもないこうでもないと酒場で議論している「あいつは殿堂入りできるか?」という問いに対し、コンピュータはすでに9割以上の確率で「答え」を持っているということだ。

伝説の方程式:35の変数が語るもの

では、そのモデルが重要だと判断した「35の指標」とは何か。そこには、偉大なキャリアを構成するDNAが刻まれている。

指標 野球Freak的解釈
MVP受賞回数 (MVP) キャリアの「頂点の高さ」。その時代において最も支配的な存在であった証明。
オールスター選出回数 (AS) 「人気の持続性」と「長期間のエリート性」。ファンや現場からどれだけ長く愛され、認められたか。
通算得点 (R) / 打点 (RBI) 勝利への直接的な貢献。クラシックだが、結局のところ野球は点を取るスポーツだ。
単打数 (Singles) 意外かもしれないが、安打を積み重ねる基礎体力と、長いキャリアを支える「日常」の象徴。イチローの評価にも直結する。
出場イニング数 (Inn) 耐久性。休まず、壊れず、チームのためにグラウンドに立ち続けたという信頼の証。
盗塁差 (SB.Dif) / 守備指標 走塁や守備による貢献。現代野球では、打つだけの選手は評価されにくいことを示唆している。

このリストを見て、頷く人も多いだろう。殿堂が求めているのは、一瞬の輝きだけではない。「圧倒的なピーク(MVP)」と、「長期にわたる安定性と耐久性(AS, Inn)」、そして「総合的な勝利貢献(RBI, Defense)」の三位一体。これこそが、良き選手(Good Player)を不滅の伝説(Legend)へと昇華させる「黄金の方程式」なのだ。

結び:ブロンズの肖像が語りかける未来

クーパーズタウンの静寂の中で、私は再びブロンズのレリーフを見つめる。

タイ・カッブの鋭い眼光、ジャッキー・ロビンソンの決意に満ちた表情、そして新たに加わったイチローのクールな横顔。そこにあるのは、冷徹な数字の積み重ねだけではない。彼らがグラウンドで流した汗、ファンの歓声、そして時代と戦った記憶が、ブロンズに命を吹き込んでいる。

しかし同時に、我々は知ってしまった。その感動的な物語の裏側には、93.5%の精度で運命を予言する「科学」が存在することを。それはロマンを否定するものではない。むしろ、数字という揺るぎない土台があるからこそ、その上に立つ人間ドラマがより一層輝くのだと、私は信じたい。

例えば、帽子(キャップ)のロゴ一つとってもドラマがある。かつては所属球団のロゴを入れるのが当然だったが、近年ではグレッグ・マダックスやロイ・ハラデイのように、あえて「ロゴなし」を選択する選手も現れた。それは、複数の球団で偉大な功績を残した彼らなりの配慮であり、自身のキャリア全体への誇りの表れでもある。数字では測れないこうした「粋」な計らいもまた、殿堂の魅力を深めている。

さて、あなたの心の中にいる「殿堂入りすべき選手」は誰だろうか? その選手は、35の指標をクリアしているだろうか? それとも、数字を超えた何か特別な物語を持っているだろうか?

次回(第3部)からは、この『伝説の方程式』と『物語の力』を武器に、Baseball Freakが厳選した20人の殿堂入りした選手たちのレジェンドを振り返る。

科学が勝つか、ロマンが勝つか。
伝説の扉を開ける鍵を、一緒に探しに行こう。

(文・Baseball Freak)


【参考資料:殿堂入り選手と選出データ(抜粋・マージ版)】

本記事の執筆にあたり参照した、主要な殿堂入り選手とその選出データは以下の通りである。時代の変遷と共に、得票率や選出方法がいかに多様化しているかが見て取れる。

年度 表彰者名 役割 選出方法 得票率/選出率 特記事項
1936タイ・カッブCFBBWAA98.23%最初の5人 (The First Five)
1936ベーブ・ルースRFBBWAA95.13%最初の5人
1936ホーナス・ワグナーSSBBWAA95.13%最初の5人
1936クリスティ・マシューソンPBBWAA90.71%最初の5人
1936ウォルター・ジョンソンPBBWAA83.63%最初の5人
1937サイ・ヤングPBBWAA76.12%最多勝記録保持者
1939ルー・ゲーリッグ1BBBWAA (特別)難病による引退で特別選出
1962ジャッキー・ロビンソン2BBBWAA77.50%黒人初のMLB選手
1966テッド・ウィリアムズLFBBWAA93.38%最後の4割打者
1972サンディー・コーファックスPBBWAA86.87%左腕の伝説
1973ロベルト・クレメンテRFBBWAA (特別)92.69%事故死による特別選出
1982ハンク・アーロンRFBBWAA97.83%通算本塁打王(当時)
1999ノーラン・ライアンPBBWAA98.79%三振王
2007カル・リプケン・Jr.SSBBWAA98.53%鉄人
2007トニー・グウィンRFBBWAA97.61%安打製造機
2014グレッグ・マダックスPBBWAA97.19%精密機械 (ロゴなしを選択)
2015ランディ・ジョンソンPBBWAA97.27%最強左腕
2019マリアノ・リベラPBBWAA100.0%史上初の満票選出
2024エイドリアン・ベルトレ3BBBWAA95.06%攻守の要
2025イチローRFBBWAA99.75%日本人初・ほぼ満票
2025CC・サバシアPBBWAA86.80%2000年代を代表する左腕
2025ビリー・ワグナーPBBWAA82.49%エリートクローザー
2025デーブ・パーカーRF時代委員会87.50%ベテランズ委による再評価

🥎Column Series🥎

✨️ The National Baseball Hall of Fame  Part 1: Walking the Hall—Where Numbers Meet Narratives

✨️ Part 2:Who Gets the Call? — The Science of "Legends

✨️ Baseball Freak Feature Part 3-1: The Science of a Legend—Larry Walker, The Greatest Canadian

✨️ Baseball Freak Feature Part 3-2: Who Is in the Hall of Fame?—Analyzing the "Legend" Spotlight: Ichiro Suzuki, The Maestro of the Hit and His Immortal Philosophy

✨️ Baseball Freak Feature Part 3-3: Derek Jeter, Nearly Unanimous. The Numbers and Stories Behind the "Symbol of Winning"

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